人の匂い
人には匂いがある。閉鎖された環境や群衆のなかで明らかになる。外から閉鎖されている空間に入ると人の匂いは感知される。いつでも心地よいわけではない。
全ての人種が独特の体臭を発している。東洋人、黒人、白人は同じ匂いはしない。
クローディウス・ルーは「Produits odotants d’origine animale」という書籍の中で、女性の体臭は男性のものより快いと書き添えている。この匂いはどの時代も女性特有のものであり、個人差があり、月経時に顕著になる。ガロパンは著書「La parfume de la Femme」で、ある女性には天然のムスクやアンバーの香りがあると書いている。日本では若者の結婚適齢期は特有の匂いでわかると言われていて、入隊審査において考慮される。
人の匂いには、朽ちていく死体の放つ悪臭もある。しかし死体の中には、腐敗しないばかりか、快い芳香を発散するものもある。聖人伝には、聖者の身体から良い香りが漂うとある。普通の人にも確認されている。この香りはおそらく、完全なる純潔と厳しいい摂食制限の賜物であろう。イタリアのパオリ医師は患者の1人が死後20日経過しても腐敗の兆しどころか快い香りを漂わせていたと記述している。オランダの聖リドワイン(1380-1433)の人生は苦難の連続だったが、寝たきりになった彼女の部屋にはほのかな芳香があった。フェルーア教授によると、多くの聖人に共通する現象として、からだから発せられる芳香があることを記述している。そして苦行や長期間の断食の後は、あまりいい芳香がなかったと。これらの事実は、神経系への刺激が汗腺の分泌障害を起こすことを証明している、と追記している。
『人の匂いは性的に興奮した時に、最も強烈になることが確認されている。これらに影響を与えるのは、精神状態や感情、意図的な行動である。ガロパン「Le parfume de la femme et le sens olfactif dans l’amour」』
このように性的な分泌に限って作用するのではなく、もっと一般的な理由で多くの器官から分泌される。
動物の匂い
動物の匂いは、からだ全体から、特にオスから発せられる。動物の多くには、匂い物質を生成する特別な臭腺がある。これらの分泌腺としてよく知られるのは、ビーバー、シベット、ジャコウジカである。
プリニウスによると、ジャコウダコは乾燥の後粉末にされ香料として用いられる。ジャコウダコはマッコウクジラの獲物であり、アンバーグリスを精製する成分の一つと考えられる。
昆虫も多様な芳香を放つ。エッティミールによるとアリ科のサナギはナツメグの香りを放つ。ジャコウカミキリ、ハンミョウ、ゴミムシの仲間、テントウムシなどが特有の香りを発散する。H・ファーブルは昆虫の嗅覚を丹念に研究し、香りの分泌は生殖に重要であり、種の保存に役立つと結論づけている。蝶は、オス・メス共に匂い、時に不快臭を放つが、食虫性の鳥から身を守る自己防衛機能のようだ。
クローディウス・ルーによると、芳香のある哺乳類は有袋類、齧歯類、反芻動物、厚皮動物、クジラ目、肉食動物、食虫類の7群で、これらの7群・24科・40種は明らかに芳香を生成する。
ビーバーが提供してくれるカストリウム。アルコールに浸されると、ムスクを思い起こさせる香りが生じ、ムスクと同様の効用がある。カストリウムには、コレステロール・脂肪・揮発性油・水溶性物質が含まれる。
ジャコウジカが提供してくれるムスク。希釈すると好ましい匂いになる。ムスクにはコレステロール・脂肪・苦味樹脂・水溶性塩・揮発性物質が含まれる。
マッコウクジラが体内で生成するアンバーグリス。生理学的成分はカストリウムやムスクと似通っている。
【カストリウム】
ガレノスによると、『カストリウムはよく知られた薬物であり、成分は優れていて多様である』と勧めている。ピエールは著書「Conciliator」で死の床に伏せっている老人にサフランとカストリウムとワインの混合物を嗅がせると延命を図れると記述している。マッティオリは著書「Dioscorides」の中で、『プリニウスはカストリウムは”てんかん”の人々に良いとし、歯痛を治療し、消毒にも用いることができる』とした。
オウラス・マグナスによるとカストリウムはペストにも良いとされた。
17世紀18世紀でも高く評価されていた。英国薬局方では「血流循環を改善し、末梢血管を強壮する」としている。
【ムスク】
ムスクは心臓に働き、不整脈と冷え・動悸への強壮剤である。脳に活力を与える。
マッティオリ&レムリーによると催淫剤である。
シュバリエ&ボードリモンは、神経系の病・腸チフス・破傷風・ひきつけ・百日咳・ヒステリーに対する強力な刺激剤であると記述している。
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動物が分泌する芳香成分は性ホルモンに限定されるが、動物のからだ組織全体に対して、効果があるのではないだろうか。ホルモン類は生命機能の触媒であるが、そのメカニズムについてはいまだに十分理解されていない。
人間と動物から分泌される芳香物質がある心理的な影響に関連することは疑いの余地がない。医師と外科医は、ある疾患に特徴的な匂いを認識しているし、匂いから病の進行段階・快方へ向かっているかを識別することができる。
M・ルッシーは病的な揮発性物質の発現に従って病気を確定するに至った。毒性物質には不快臭が、解毒物質には快い香りがするようだ。
嗅覚の役割は危険の察知、そして種の保存のために、健康的な環境に身を置くと説明できる。果たして植物のエッセンスも解毒剤の代わりをしていけるのだろうか。
『アロマテラピー』ルネ・モーリス・ガットフォセ(フレグランスジャーナル社)より(一部 内容を書き換えています)
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最初に人と動物の匂いについて書いてあります
日本についても触れてありますが・・・1937年当時なのであしからず
人については人種・男女・健康状態で匂いが違うことを指摘しています
動物は繁殖期に匂いが強くなること・その臭腺が薬物として利用されてきたことを述べています
ここに出てくる香料原料のカストリウムやムスクはもちろんアロマテラピーとしては使用しません
参考にした著者や著書をその都度提示してあるのが特徴だなぁと思いました
そして嗅覚の重要性についても触れられています
さて 次回やっと植物について『植物は香る』です